(仮称)芥川龍之介記念館

週末にブラブラしていて、今更ながらかもしれませんが見つけました。

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(仮称)芥川龍之介記念館の建設予定地です

芥川龍之介記念館の建設予定地がありました。
一先ず仮称なんですね。
後ろに田端のシンボル、アスカタワーが見えますが、ちなみに場所はこの辺りです。

直ぐ近くに旧居跡の看板があります。

重機なども見当たらないので、特に工事が進むような気配は感じられません。
ネットでちょっと調べてみると以下の記事を見つけました。23年3月の開設予定のようでしたが新型コロナウイルスの影響で遅れが出ているみたいです。

北区は、2021年度に発注予定だった(仮称)芥川龍之介記念館の建設工事を延期する。当初、9月から約1年間で工事を行い、23年3月の開設を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の影響により建設スケジュールを見直す。

~建通新聞<電子版>より~

ちなみに、そもそも(仮称)芥川龍之介記念館とは?って事で北区のホームページを見てみますと、以下のページがありました。

(仮称)芥川龍之介記念館|東京都北区

中を見ていきますと色々情報がありましたが、そもそもの経緯としては、

芥川⿓之介(明治 25(1892)-昭和 2(1927))は、⼤正期を中⼼に活躍した、⽇ 本を代表する作家です。その作品は 40 を越える国・地域で翻訳され、現在も⽇本のみな らず世界の人々に愛され、高い評価を受けています。 芥川⿓之介は、東京帝国⼤学(現・東京⼤学)学⽣であった⼤正3(1914)年から亡 くなる昭和2(1927)年まで、北区⽥端に暮らしました。「⽥端⽂⼠芸術家村(後 述)」の中⼼人物でもあり、当時の⽥端の家での様子が映像に残されています。 芥川⿓之介の没後、⽥端の家にはご遺族が居住していましたが、昭和 20(1945)年 の空襲により焼失し、ご遺族は転居しました。その後、集合住宅 1 棟と個人住宅2棟が 建ちましたが、平成 29(2017)年にそのうち 1 棟が売却されることとなり、翌平成 30 (2018)年に北区はその⼟地を購⼊、(仮称)芥川⿓之介記念館を建設することを表明 しました。

~北区ホームページより~

空襲で焼失したんですね。ちょっと話がそれますが、田端界隈の空襲など戦時の状況も少し気になりました。
ちなみに、記念館整備の基本理念については以下のようにありました。

芥川⿓之介を顕彰し、「⽥端⽂⼠芸術家村」の歴史 を継承することにより、近代⽂学への理解と新しい 価値の創造をすすめるとともに、⽥端エリアの魅⼒ 発信に寄与します

~北区ホームページより~

早く工事が始まって、田端の新しい名所となって新しい人流が生まれるといいなと思います。

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文士の村田端として、田端が盛り上がるのが楽しみです。

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